酪農危機~今、酪農の現場で何が起こっているのか~学習会報告

《2023年第1回 おとなの食育トーク》

 食生活に欠かすことのできない牛乳・乳製品。その原料を供給する酪農業がいま苦境に立たされています。酪農現場で何が起きているのか。その背景に詳しい北海道大学大学院農学研究院准教授の清水池義治氏をゲストに迎え窮地に陥った原因やこれからの酪農で考えるべきこと、消費者にできることは何かなどをお話しいただきました。(7月1日開催 参加者28名)


酪農の存在意義と需給バランスの難しさ
 日本の食、地域経済を支える基幹産業である酪農は、牧草しか育たないような寒冷地でも可能な農業です。日本の生乳生産量の約半分は北海道、さらに北海道農業の構成比の4割が乳用牛で、肉用牛の2割を入れると6割を酪農が占めています。いまや牛乳・乳製品は安価で環境負荷の少ないたんぱく源として、ますます世界的にも注目され、需要が高まっています。
 酪農業の難しさとして、消費に合わせて調整ができないということ。牛は生まれてから妊娠するまでに約1年半、10カ月の妊娠期間を経て出産し、ここで初めてお乳を出すので搾乳に至るまで約2年半かかります。搾乳は毎日行われますが、牛は暑い時期は食欲がないので生産量が減り、冬に向かって増えていく一方、市場の牛乳の消費量は夏にかけて伸び、冬は減少していくという特徴があるため需給バランスが崩れがちになります。


酪農危機の特徴 ~2つの危機が同時に起こった~
①生乳余り
 発端はかつて社会問題ともなったバター不足です。飲料の多様化、ライフスタイルの変化等の理由から、牛乳の消費が年々落ち込んできたことによる計画減産を始めた矢先、資材の高騰と生産が停滞したことが重なり、約7年間バター不足が続きました。それを解消するべく国を上げて増産対策を行い、酪農家は投資をして大規模酪農に転じました。その効果がやっと表れた頃、今度はコロナ禍が起こり、行き場を失った生乳はまたしても生産過剰となってしまいました。通常、生産過剰になるとバターや脱脂粉乳を作って調整しますが、その在庫も膨れ上がりました。在庫過剰時、酪農家と乳業メーカー双方で資金を負担して削減処理を行いますが、その負担額も増える一方。北海道ではついに2007年以来の生産抑制、減産に踏み切ったものの、これが酪農家の経営に甚大な影響を及ぼすことになってしまいました。
②コストの増加
 ウクライナ侵攻と円安により生産に必要な飼料や資材が高騰し、生産コストが大きく上昇しました。さらに肉牛として販売する雄牛は酪農家の副収入になりますが、飼養に多大なコストがかかるため買い控え傾向となり価格が暴落。これにより酪農家の所得は大きく減少するとともに、長引くインフレによって消費者の買い控えも続き、ますます八方塞がりとなっています。


政府の対策と本当に必要な対策
 政府は臨時対策として約500億円の予算を計上しているものの、その内容は配合飼料価格の補填、コスト削減する酪農家、国産飼料の利用拡大する酪農家への支援、在庫削減補助、乳牛早期淘汰の奨励金といったもので、経営に余裕がない酪農家には実行が難しい内容です。では本当に必要な対策とは?乳価の値上げ(現在は生産コストが製品価格として転嫁され、消費者負担になっていることは懸念材料)、酪農家への緊急所得補填、自給飼料の生産拡大。またチーズの国産化を実施し、そのチーズ向けの生乳価格を輸入価格まで引き下げ、引き下げ分を政府が補填する。生乳の余剰を出さず国内自給率を上げる、など、同じ予算ならばより効果的な使い方で生産過剰の解消と酪農家の所得を上げることが急務ではないでしょうか。それが食料安全保障の実現に繋がります。


消費者にできること
 牛乳乳製品をいままで通り消費すること。特に高齢者の健康維持のためにはとても大切です。また生産現場へ関心を持ち理解を深めること。そして欧米で進んでいるフードポリシーカウンシルのように、市民会議の場を持ち市民が自分事として食料政策について考えるという取り組みが、これからの食料安全保障のためにも日本でも必要だと思います。

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